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以前書いた私の甥と姪は、たった1分の会話の中に英語と日本語が
ちゃんぽんになります。

いや、一つの文の中にさえ、英語と日本語がちゃんぽんになります。

I got やけど last week, and it was really 痛かった。

こんな感じです。

文型は英語、いくつかの単語だけ日本語という具合です。

その逆で文型は日本語、いくつかの単語が英語という場合もあります。

何かを言いたい時に、それを英語でも日本語でも言える、というのが
理想の状態でしょう。

彼らの中では、英語も日本語も同じ枠組みにあって、
とっさに出てきた言語で文を組み立て、すぐに口から出て来る
ほうの単語(たとえば やけど)を使っています。

つまり、英語モード、日本語モードもなく、完全ちゃんぽんな状態です。
(英語しか話せない人、たとえば父親との会話では英語だけになる。)

英語モード、日本語モード、つまり最近流行の英語脳などよりも、
さらに進化しているのではないかと思います。

一つの概念(イメージ)に、英語と日本語が張り付いていて、
両方とも、自由に使える、そんな状態です。

これを考えると、「英語脳ってあるの?」
「日本人には聞こえない音領域があるってホントなの?」と
思わざるを得ません。

日本人の英語ができないのは、「摩訶不思議」なコトが原因ではない、

というのが本当のように思えてしまいます。

会議で村田さんが来るはずなのにまだ、こない。
すでに他のメンバーは揃っている。

でも、彼を外して会議を進めるわけにはいかない。
待つしかない。
日本語なら何ていいますか?

「まあ、あと5分待とうよ。」

などでしょう。

では、英語では?

“Let’s give him five minutes.”

などと言います。

そうすると、日本語だと「待つ」を使って、英語だと “give”を使うことになる。

 

日本語から英語に直訳をすると、英語でも”wait”を
使って英語を作ってしまいますが、
概念で考えると、

日本語の場合 「あと5分待つ」
英語の場合 「ヤツに5分の時間をやる」
という表現の違いがでてくるのです。

言いたいこと(概念)は、同じでも 日英では表現が違う。

だから、日本語に訳さずに英語のまま理解したほうが
英語らしい英語のまま吸収できるし、
自分から概念を英語にする時も、英語らしい英語が
口から出やすくなるのではないかと思います。

“Let’s give him five minutes.” と聞いたときに、
意識としては、(あえて日本語にすると)「5分間待つ」自分たちのイメージが
自分の中にあれば、英語としてそのまま理解していることになるでしょう。

直訳して、「彼に5分間をあげましょう。」では、
ピンと来ないかも知れないですから。

A 会議室で同僚が来ず、みんなで待っているときに、
もう少し、待ってあげるシーン:
B 「5分待とうよ」
C ”Let’s give him five minutes.”

Aのイメージ図を言葉に直すと、日本語のB、英語のCになります。

 

このA、B,Cがセットで頭に入っている人が、バイリンガルです。

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